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Bantam weight

▼バンタム級ベスト10

 1位   エデル・ジョフレ
 2位   カルロス・サラテ
 3位   ルーベン・オリバレス 
 4位   パナマ・アル・ブラウン
 5位   マヌエル・オルチス
 6位   オーランド・カニザレス 
 7位   ファイティング原田
 8位   カオサイ・ギャラクシー
 9位   ピート・ハーマン
10位   アルフォンソ・サモラ


ジョフレ、サラテはそのボクシングの完成度の高さで郡を抜く。ジョフレは37歳にしてフェザー級をも制するなど時代の壁を乗り越えた点でサラテを上回る。

数々の怪物ボクサーを生み出してきた本場メキシコで、その先鞭をつけたのがオリバレスだった。インパクトの強さで彼を超えるボクサーはもう出ないのではないか。

ジョフレに唯一人黒星ををつけたファイティング原田は日本が世界に誇れるグレートだ。





■1位 エデル・ジョフレ

“黄金のバンタム” ジョフレは鉄壁のガードとパワー、テクニックを兼ね備えた最も完成されたボクサーと言っていいだろう。メデル、原田という最良のライバルにも恵まれ、数々の名勝負を残している。「史上最強」とはまさにジョフレの為の言葉だろう。

アマチュアで148勝2敗の快記録を残してプロにデビューしたジョフレは、3つの引き分けを挟み32連勝(20KO)を記録。1960年11月、王座決定戦でエロイ・サンチェスを6R右ストレート一発で倒し、世界の頂点に立った。8度の防衛はいずれもKOで飾り、挑戦者を寄せ付けなかった。5度目の防衛戦では宿敵ジョー・メデルを6R、完璧なKOで破り、「ジョフレ強し」を印象づける。1963年には6度目の防衛戦で来日。青木を3R左ボディブローで一蹴し、日本のファンにも強烈な印象を与えた。

そのジョフレを驚異的なラッシュ戦法で破り、世界中を驚かせたのが日本のファイティング原田だ。9度目の防衛に失敗したジョフレは原田との再戦にも敗れ、フェザー級に転向。1973年5月、ホセ・レグラを判定に下し、2階級を制覇した。この時、ジョフレは37歳。完璧なテクニックが、驚異的な息の長さにも繋がったのだろう。老雄サルジバルを3R、KOに下し初防衛に成功した後、タイトルを返上。その後、カムバックして40歳まで戦い続けた。

78戦72勝(50KO)2敗4分。

■2位 カルロス・サラテ

ピンポイントで急所を打ち抜く強打は、数々の芸術的ノックアウトを演出した。中でも、アモレスを左フックのダブルで倒したシーンは印象深い。常に冷静で機は逃がさない。そんな彼のボクシングは「パーフェクト」とさえ謳われた。

1970年代はサラテとサモラの”Zボーイズ”がバンタム級を席巻した。二人は同じクーヨ・エルナンデス門下に所属していたが、世界の頂点に立ったのはサモラの方が1年早かった。1976年5月、ロドルフォ・マルチネスをロープ外に叩き出し9R、KOでWBCタイトルを獲得したのはサラテが44戦目(全勝43KO)の時だった。

1977年4月にはクーヨと袂を分けたサモラとの究極のライバル対決が実現する。激しい打ち合いを展開するが、3Rにダウンを奪ったサラテが続く4Rに2度倒して決着をつけた。
8度の防衛を全てKOで片付けたサラテは1978年10月、ウィルフレド、ゴメスの持つWBC・Jフェザー級タイトルに挑むが、減量苦の為、5R、KOでアマ、プロ通じて初の黒星を喫した。翌1979年、ピントールに微妙な判定で敗れ、10度目の防衛に失敗。引退を表明する。この時、奮起していればサラテ時代を再び築くことも可能だったかもしれない。だが、彼が再起したのは7年後の33歳になってからだった。ジェフ・フェネク、ダニエル・サラゴサと2度のWBC・Jフェザー級タイトル挑戦に失敗し、35歳で引退した。

74戦70勝(66KO)4敗。

■3位 ルーベン・オリバレス

オリバレスは史上に残る最大の”怪物ボクサー”と言っていいだろう。世界の名だたる強豪相手にKOの山を築き、ローズを倒し、バンタム級タイトルを奪取した時の戦績が51勝(50KO)1分。(当時は管理が杜撰で、反則勝ちもKOに含んでいた)今でこそ無敗のチャンピオンは珍しくないが、当時は稀有な存在だった。しかもKO率が5割で強打者と言われた時代で、この数字は驚異的ですらあった。

オリバレスは典型的なファイターで、しつこい連打と得意の左フックを中心とした脅威的なパワーで、相手を倒しまくった。1969年8月、ローズを5R、KOで破り、衝撃的な王座奪取劇を演じたオリバレスだったが、絶頂の時代は長くは続かなかった。天才にありがちな慢心から、練習にも身が入らなくなり、3度目の防衛戦でCカスティーヨに目を切って14R、TKOで初の敗北を喫してしまう。このタイトルは判定で奪回し、1971年10月に来日。金沢との激戦は史上に残る名勝負として今も語り継がれている。

その後、Rエレラに痛烈なKO負けを喫し、フェザー級に転向。1974年には歌川との決定戦に7R、KO勝ちで2階級制覇に成功した。このタイトルはアルゲリョに13R、壮絶なKO負けを喫して失うが、1975年にはBチャコンを2R、KOで下し、4度目の王座を手にした。初防衛でDコティに敗れた後、1979年にペドロサに挑戦(12R、KO負け)するなど、以後40歳を過ぎるまでたびたびリングに上がった。

104戦88勝(78KO)14敗2分。

■4位 パナマ・アル・ブラウン

パナマ初の世界チャンピオン、パナマ・アル・ブラウンは180センチというバンタム級史上、最長身の王者である。長いリーチと柔軟な体を利した防御技術には定評があった。

17歳の時、フライ級でボクシングを始めたブラウンは、プロ4年目にチャンスを求めてニューヨークに進出。その後、ヨーロッパが気に入り、パリを本拠地として活動し続けた。
1929年、70戦以上のキャリアを積んだブラウンはニューヨークでビデオ・グレゴリオとの世界王座決定戦に臨み、15R判定勝ちでタイトルを手にした。当時のバンタム級にはバッド・テーラー、バシー・グラハム、チャーリー・フィル・ロゼンバーグらの乱立王者がいたが、結局この試合を決定戦とすることで落ち着いた。

その後は場所を選ばず、世界中を股にかけて戦い続けた。1935年にバルタサール・サンチリに敗れるまで6年間王座に君臨し、10度の防衛に成功している。経済的理由から40歳まで現役を続け、ラストファイトから8年後の1951年、ニューヨークで結核の為、死去した。パリ時代の詩人ジャン・コクトーとのホモ・セクシャルな関係でも知られている。

123勝(55KO)18敗10分4ND。

■5位 マヌエル・オルチス

15連続防衛はカニザレスに破られるまで、長らくバンタム級の史上最多レコードだった。通算でも9年間で19度の防衛を果した、1940年代の名チャンピオンである。

オルチスはメキシカンだが、出身はカリフォルニア。トラック運転手から飛び入りでアマチュアの試合に出場し、フライ級でAAU王者となった翌年にプロデビューした。デビュー2年目までは勝ったり負けたりの平凡な戦績だったが、マネージャーをトミー・ファーマーに変えてから徐々に実力を発揮。1942年、ルー・サリカを12R判定に下し、世界バンタム級の王座に就いた。翌年には8度の防衛をこなすなど、1947年にハロルド・デイドに敗れるまで15度の防衛に成功している。デイドには2ヵ月後に雪辱してタイトルを奪回、1950年まで4度防衛した。

この間には精力的に試合を行い、上はライト級まで戦った。1944年には、フェザー級の名王者ウィリー・ペップとのノンタイトル10回戦で判定負けしている。1955年に引退。左ジャブからアッパーのコンビネーションを多用し、巧妙なアウトボクシングで長期政権を築いた。

123戦91勝(48KO)29敗3分。

■6位 オーランド・カニザレス

1990年代最高のバンタムとの評価を得るのが、カニザレスである。長らく破られることのなかったオルチスの15連続防衛、パナマ・アル・ブラウンの持つ、王座在位5年11ヶ月の2つのクラスレコードを更新した。タイトル乱立の現在と、王者が1人の時代では挑戦者の質に違いがあり、単純比較は出来ないが、カニザレスが傑出した実力を持っていたのは間違いないだろう。

身長160センチと小柄なカニザレスは1984年にフライ級でデビューし、圧倒的なパワーでKOの山を築いた。1988年、Kシーブルックスの持つIBFバンタム級タイトルに挑戦、15R、KOで王座に就く。このタイトルは1995年に返上するまで、7年5ヶ月に渡って16度防衛している。鉄壁のディフェンス、抜群のテクニックを有した万能型のボクサーで、晩年は決して無理をしない技巧偏重のスタイルで戦っていた。

タイトル返上後はマイナー団体のIBC・Jフェザー級王座に就き、1996年にジュニア・ジョーンズにスピリットの微妙な判定でタイトルを奪われている。その後、IBAのフェザー級チャンピオンにもなっている。

55戦50勝(37KO)4敗1分。

■7位 ファイティング原田

プロレスの力道山、野球のON、そしてボクシングの原田・・・スポーツや娯楽が多様化した現代に於いて、彼らのような「国民的ヒーロー」はもう現れないだろう。日本ボクシング界の黄金期は原田と共にあったと言っていい。

日本人初の世界チャンピオン、白井義男がタイトルを失って8年後、ボクシング界に新たなヒーローが誕生した。1963年10月、弱冠19歳の原田が圧倒的不利の予想を覆し、タイのポーンキグピッチを11R、KOで破り、日本ボクシング史上2人目の世界チャンピオンに輝いたのである。この時のファンの熱狂ぶりは凄まじいものがあった。ラッシュに次ぐラッシュ、驚異的な連打は海外で”狂った風車”と形容された。

ポーンに敗れ、バンタム級に転向した原田はジョー・メデルに6R、TKOで手痛い敗戦を喫する。ロープ際でのメデルのカウンターも凄かったが、手を出し続けながら倒れていく原田の執念もまた凄かった。1965年5月18日には「黄金のバンタム」ジョフレに挑戦。4R、右アッパーでぐらつかせ、得意のラッシュ戦法でチャンスを掴んだ原田は、5Rのジョフレの反撃を凌ぎ、一進一退の攻防の末、判定で大金星をあげた。この勝利は、今もなお日本ボクシング史上最大の勝利と言われている。
4度防衛後、伏兵ローズに敗れた原田は3階級制覇を狙い、ファメションに挑戦するが、不可解な判定で敗れた。翌1970年の再戦ではロープ外に叩き出されて14R、KO負けを喫し引退した。

63戦56勝(23KO)7敗。

■8位 カオサイ・ギャラクシー

Jバンタム級で19度の防衛(16KO)を誇るカオサイは、東洋が生んだグレートのひとりである。初回は相手の出方を窺い、2R以降からジワリジワリと相手にプレッシャーをかけ、ボディブローを見舞う。これがカオサイのKOパターンだ。見た目のスピードはそれほどではないが、チャンスを逃がさない鋭い詰めと圧倒的なパワーがあった。タイでは、その名を知らぬ者はいないという「国民的英雄」である。

1980年、ムエタイの経験を経て国際式に転向したカオサイは、7戦目にサクダー・サクスリーに10R判定負けを喫するが、以降は圧倒的なパワーで対戦者をことごとくマットに沈めていった。1984年11月には渡辺が剥奪されたWBAタイトルをエウセビオ・エスピナルと争い、6R、KOで王座に着いた。以後7年間で、オロノ、コントレラス、ピカル、金容江、グリマンといった元、あるいは後の世界王者を含め19度の防衛を果たし、不敗のまま引退した。

双子の兄、カオコーもWBAバンタム級王座に就いており、一時は同時にタイトルを保持していたこともある。長いボクシングの歴史でも、双子の世界王者はギャラクシー兄弟が唯一である。

50戦49勝(43KO)1敗。

■9位 ピート・ハーマン

故ナット・フライシャーがオールタイムの2位にランクし、リング誌でも常に上位にランキングされるハーマンは、1910年代から1920年代に渡り、活躍した伝説のボクサーだ。

靴磨きの少年だったハーマンは15歳の時、金を払わない客と喧嘩になり、たまたまそれを目撃したプロモーターに勧められてプロボクサーとなった。1917年、20歳の時に強打者キッド・ウィリアムスの王座に挑戦し、20回判定勝ちでチャンピオンになる。ウィリアムスとは前年に引き分けていて、これが2度目の挑戦だった。1920年にジョー・リンチに敗れタイトルを失うが、翌年リターンマッチで奪還。

ハーマンのキャリアの中でも一際輝くのが、1921年にロンドンで行なわれたジミー・ワイルド戦だろう。フライ級史上最強といわれる王者を激戦の末、17回KOに葬り去っている。キッド・ウィリアムス、ジョー・リンチ、ジミー・ワイルドといった歴史に残る強豪と対戦したハーマンだが、実はウィリアムスとの2戦で片目を失明していたと言う。それでもリングに上がり続け、1922年26歳の若さで引退した。大変な研究家としても知られ、ビーカブースタイルはハーマンが発案したとも言われる。

66勝(21KO)13敗8分57ND。

■10位 アルフォンソ・サモラ

KO率100%、ベビーフェイスで若いサモラは、ライバルのサラテを人気で先行していた。頂点に上り詰めた頃の勢いは、怪物オリバレスを彷彿させるものがあった。

17歳でミュンヘン・オリンピックに出場したサモラはバンタム級で銀メダルを獲得して、1973年1月にプロデビューした。1975年には洪秀煥を4回KOに破り、タイトルを獲得。20連続KOと勢いは止まることがなかった。3度目の防衛戦では、後の名王者エウセビオ・ペドロサを2R、左フック一発で沈めた。

そして1977年4月のサラテ戦で、2人の運命は明暗を分けることになる。4R、サラテのシャープな連打に痛恨のKO負けを喫したサモラは以後、坂道を転げ落ちるように輝きを失っていく。続く11月の防衛戦で、伏兵のルハンによもやのKO負けでタイトルを失う。10R、コーナーにうずくまるサモラに「まだ、やれるじゃないか」という罵声が飛んだ。力なく首を左右に振るサモラに、かつての栄光の面影は無かった。その後は格下に倒されるなどKO負けが続き、25歳の若さで引退した。

38戦33勝(32KO)5敗。


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